頭部外傷と関連疾患
高齢の方では、足腰の衰えにより転倒して頭部を打つケースが増加しています。高齢者の多くは、心疾患や脳血管疾患などの基礎疾患に対して、抗凝固薬や抗血小板薬といった血液をサラサラにする薬を服用しており、これにより出血が止まりにくくなっています。そのため、軽度の頭部打撲であっても、頭蓋内に重篤な出血が生じる恐れがあります。
慢性硬膜下血腫
比較的軽い頭部打撲後、1~2ヶ月ほどしてから、脳表面に液状の血腫がたまる疾患です。症状は多様で、頭痛、めまい、ふらつき、歩行障害、上下肢の脱力、聴力低下や視覚障害などがあります。進行が緩やかであるため本人が気づかず、症状が顕著になってから発見されることもあります。
治療としては、局所麻酔下で穿頭術を行い血腫を洗浄します。これにより約85%が改善し、再貯留した場合も再手術により約80%が治癒します。脳神経外科領域において最も頻度の高い手術の一つで、治療成績も良好です。再発例や再吸収が困難なケースでは、漢方治療や血管内治療(塞栓術)を考慮する場合もあります。
脳挫傷、外傷性脳内血腫、急性硬膜下血腫、急性硬膜外血腫、外傷性くも膜下出血
頭部を強く打つ(転倒、転落、交通事故など)ことで引き起こされる頭蓋内の出血性疾患には、複数の病態が同時に発生することも珍しくありません。代表的なものとしては、脳実質が損傷を受ける脳挫傷、強い衝撃によって脳血管が破綻し脳内に出血を起こす外傷性脳内血腫、脳を覆う最も硬い膜である硬膜の下に出血がたまる急性硬膜下血腫、さらにその外側に出血が生じる急性硬膜外血腫などがあります。
これらはすべて、急速に脳を圧迫することで脳ヘルニア(脳が血腫によって圧迫されて潰れてしまう状態)を引き起こし、命に関わる事態に至ることもあります。このような場合、開頭による血腫除去術を緊急に行う必要がありますが、血腫の増加が速い、抗凝固薬の服用、発見の遅れなど、さまざまな要因が重なると治療は困難になり、予後も厳しくなる傾向があります。
出血の程度や部位により現れる症状はさまざまであり、いずれの病態でも回復には時間がかかることが多く、長期にわたるリハビリテーションが必要になるケースも少なくありません。
脳腫瘍
脳腫瘍は病理学的な分類により多様な種類がありますが、大きくは良性腫瘍と悪性腫瘍の2つに分類されます。良性腫瘍の代表例としては、髄膜腫、聴神経鞘腫、下垂体腺腫の3つが挙げられます。聴神経鞘腫と下垂体腺腫は、それぞれ聴神経や下垂体といった特定の部位に発生しますが、髄膜腫は脳のさまざまな部位に発生する可能性があり、比較的容易に摘出できるものから、摘出が非常に難しいものまで、手術の難易度には幅があります。
良性であっても、放置すると徐々に大きくなる傾向があるため、小さな腫瘍でも定期的な経過観察が必要です。特に摘出が困難な部位にできた腫瘍に対しては、当院ではCyberKnife(サイバーナイフ)による定位的放射線治療を併用するなど、患者さんの状態に応じた治療法を選択しています。
三叉神経痛・片側顔面けいれん
三叉神経痛および片側顔面けいれんは、いずれも脳神経(三叉神経・顔面神経)に対する血管(主に動脈、時に静脈)による強い圧迫が原因で症状を引き起こす疾患です。いずれの場合も、根本的な治療法は「頭蓋内微小血管減圧術」と呼ばれる手術で、圧迫の原因となっている血管を神経から離し、圧迫を解除します。
これらの疾患は、放置しても命に関わるものではありませんが、痛みやけいれんといった症状による苦痛は非常に強く、本人にしか分からないつらさがあります。外見からは深刻さが伝わりにくいものの、手術によって症状が消失した患者さんからは、「解放された」と表現されるほどの大きな喜びが寄せられており、その治療効果の意義を実感しています。
三叉神経痛
「顔をナイフで刺されたような鋭い痛み」「顔や歯が痛くて食事ができない」「焼火鉢に顔を押しつけられたような感覚」「化粧・歯磨き・髭剃りなど、わずかな刺激で激痛が走る」
このような顔の強い痛みでお悩みではありませんか?それはもしかすると、三叉神経痛かもしれません。
原因
三叉神経痛は、顔の感覚を脳に伝える三叉神経が血管によって強く圧迫されることで発症します。
この圧迫により、電気のショートのような神経の誤作動が起こり、ごく軽い刺激でも過剰に反応してしまい、激しい痛みとして感じるようになります。
診断
症状と画像検査から診断します。頭部MRIやCTなどの断層画像検査により、どの血管(動脈・静脈)が神経に接触・圧迫しているかを確認します。当院では、3D画像を構成し、視覚的にわかりやすくご説明することで、患者さん自身がご自身の状態をしっかり理解していただけるよう努めています。
治療
根本的な治療法は、「頭蓋内微小血管減圧術」です。これは、神経を圧迫している血管を神経から離し、圧迫を取り除く手術です。有効性は70〜80%とされ、奏功率の高い治療法です。この術式には40年以上の歴史がありますが、安定して質の高い治療を提供するには高度な技術と経験が必要です。
当院ではこの分野の専門家である湖東記念病院の井上卓郎医師を招聘し、密接な連携のもと高水準の治療を提供しております。
▼三叉神経痛に対する頭蓋内微小血管減圧術の奏功率(治療後2年経過時点での無痛率)
過去の文献 | 当院 | |
---|---|---|
奏功率 | 約76% | 88.2% |
- 当院での奏功率は2023年12月31日時点
その他の治療を以下に示します。全て姑息的治療(一時的症状の改善を期待する治療)になります。
薬物治療
カルバマゼピンという内服薬が、三叉神経痛の治療において有効なことが多く、多くの患者さんはこの薬から治療を開始し、痛みのコントロールを図ります。
しかし、治療初期には効果が見られても、次第に効き目が弱まってくることがあり、その際には薬の量を増やす必要が出てきます。増量に伴い、眠気やふらつき、薬疹などの副作用が現れる可能性もあるため、慎重な経過観察と調整が必要です。
局所注射
顔に局所麻酔などの注射を行い、顔の感覚を麻痺させることで痛みの緩和を図ります。効果は数ヶ月持続しますが、その間、顔の感覚が鈍くなることが問題となります。
放射線治療
三叉神経の根元に一点集中で放射線を照射し、疼痛の緩和を目指す治療です。疼痛緩和率は5年間で50~60%程度であり、根治を目的とした治療法ではありません。薬が効果を示さない場合や、副作用で内服が難しい場合、全身状態が悪く手術ができない方、手術で効果が得られなかった方などが対象となります。
片側顔面けいれん
「意思に関係なく、片側のまぶたや口の周りがピクピク動く」「目を開けているのがつらい」など、顔や口まわりのぴくつきでお悩みではありませんか?
原因
この病気は精神的なものではありません。脳から顔を動かす顔面神経が出ていますが、その神経が血管に圧迫されることで刺激が直接顔の筋肉に伝わり、筋肉が異常に痙攣を起こすようになります。
診断
症状と画像で診断します。
頭部MRIやCTなどの断層撮影検査でどの血管(動脈や静脈)が神経に接しているかを診断します。当院では3D画像を構成し説明させていただくことで、患者さんに詳細に状態を把握していただく工夫をしております。
治療
根治的な治療法は「頭蓋内微小血管減圧術」と呼ばれ、圧迫している血管を神経から離して神経の負担を軽くする手術です。有効率は80〜90%と高く評価されています。歴史のある手術術式ですが、安定して提供するには高い技術が求められます。当院では湖東記念病院の井上卓郎先生を招聘し、密な連携をとりながら質の高い治療を行っています。
▼片側顔面痙攣に対する頭蓋内微小血管減圧術の奏功率
過去の文献 | 当院 | |
---|---|---|
奏功率 | 約91% | 88.2% |
Springer Nature: London, UK, 2020.
- 当院での奏功率は2023年12月31日時点
その他の治療を以下に示します。全て姑息的治療になります。
薬物治療
クロナゼパム(抗てんかん薬の一種)は一部の患者さんに効果がある場合もありますが、多くの場合は十分な効果が得られず、効果的とは言い難いです。
局所注射
ボツリヌス毒素は、痙攣を起こしている眼輪筋などの筋肉に注射することで、痙攣の緩和を目指す治療法です。適量を注射すると痙攣は一時的に止まりますが、徐々に効果が薄れていき、痙攣が再び現れます。効果が薄れるからといって注射量を増やすと、顔面麻痺を引き起こすリスクがあるため、増量はできません。効果はおよそ3ヶ月程度持続し、そのたびに繰り返し注射が必要となります。そのため、完全に痙攣がなくなるのは注射直後の一定期間に限られます。この治療の最大のメリットは、「頭蓋内微小血管減圧術」と呼ばれる開頭手術に伴うリスクがないことです。しかし、手術で得られるような、痙攣が完全に消失した状態が長期間続く喜びは期待できません。
正常圧水頭症
特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus:iNPH)
くも膜下出血や髄膜炎などの先行疾患がなく、主に歩行障害を中心に認知機能障害や排尿障害を引き起こす、脳脊髄液の吸収障害による病態です。高齢者に多く見られ、ゆっくりと進行します。適切なシャント手術によって症状の改善が期待できる症候群です。
原因
多くのiNPH患者にシャント術が効果を示すことから、この病態には脳脊髄液の循環動態異常が関わっていると考えられています。しかし、この異常を引き起こす原因はまだ明らかになっていません。iNPH患者の大半が高齢者であることから、加齢が重要な要因であると推測されています。
症状
歩行障害は91%の患者に認められ、認知障害は80%、排尿障害は60%に見られます。歩行障害の特徴としては、歩幅の狭小化、足の挙上低下、そして開脚歩行があります。認知障害は初期から精神運動速度の低下がみられ、注意力や作動記憶などの機能が障害されます。iNPHで障害される認知機能は、前頭葉に関連する機能が中心です。排尿障害は主に尿意切迫感や尿失禁を伴う過活動膀胱の症状として現れます。
治療法
現時点では、手術以外に高いエビデンスで支持されている治療法はありません。手術法は交通性水頭症に用いられる一般的な方法と同様で、脳室から腹腔へ短絡させる脳室-腹腔シャント術(VPシャント術)、脳室から心房へ短絡させる脳室-心房シャント術(VAシャント術)、および腰部くも膜下腔から腹腔へ短絡させる腰部くも膜下腔-腹腔シャント術(LPシャント術)があります。
予後
シャント術後の症状改善率は、歩行障害が最も高く58~90%の範囲で報告されており、認知障害については評価方法によって異なりますが29~80%の改善率が見られます。排尿障害の改善率は20~82.5%とされています。ただし、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患、さらには脳血管障害を併発している場合が多く、その場合には症状の改善が一時的にとどまることが多いと考えられています。
当院では術者の手術適応に対するバイアスを除外するためリハビリテーション科と協力し客観的なタップテストの効果の評価を行っています。また必要に応じて脳槽シンチグラフィーやアクティーバルブを用いたドレナージテストや髄液の特殊検査などを追加し患者さんに不利益な治療は行わないよう取り組んでいます。(例えば不要な手術例として、認知機能障害が強く歩行障害のみ改善しても徘徊がひどくなったり、転倒リスクが高ければ頭部外傷の際に頭蓋内出血が重症化するなどが考えられます。)また他院で治療された患者さんの可変圧バルブにつきましてもCodman Hakim、Codman Certas、Medtronicストラータ、proGAV、Sophysa Polarisにつきましては院内にバルブ調節装置を常備しておりますのでMRI検査後やリビジョンが必要な際にはご相談いただけます。
脳脊髄液減少症
脳脊髄液腔から脳脊髄液が持続的または断続的に漏れ出ることで脳脊髄液量が減少し、さまざまな症状を引き起こす疾患です。
原因は外傷性(交通事故やスポーツなど)、医原性(脊椎手術、腰椎穿刺、整体治療など)で明らかな場合もありますが、原因不明の場合もあります。
主な症状はほぼ全例にみられる頭痛で、特徴的なのは起立して数分から数十分経過すると引っ張られるような強い頭痛が現れ、横になると軽減する起立性頭痛です。その他にも悪心・嘔吐、複視、聴力障害、頚部痛、視野欠損、めまい、倦怠感など多様な症状がみられます。
脳脊髄液減少症が疑われる場合は検査を進めます。頭部MRI検査では造影により硬膜のびまん性肥厚や静脈の拡張が確認されます。脊髄MRIでは漏れた髄液が硬膜外に貯留している所見が得られます。RI脳槽・脊髄液腔シンチグラムでは腰部から細い針を刺入し、脳脊髄液腔に放射性同位元素(RI)を注入して経時的に撮影を行い、くも膜下腔外へのRI漏出が認められれば診断価値が高いとされます。また腰椎穿刺時に脳脊髄液圧を測定し、60mmH2O以下なら脳脊髄液減少症の可能性があります。
治療はまず1~2週間の厳重な安静臥床と十分な水分補給(点滴で1,000~2,000ml/日)を行います。この保存的治療だけでも多くの患者さんで症状の改善がみられます。改善が見られない場合は硬膜外自家血注入(ブラッドパッチ)を実施します。これは患者さんの腕から採取した10~30mlの血液を脊髄硬膜外腔に注入する治療で、麻酔科医師が担当します。注入した血液が固まり髄液の漏出を防ぎます。治療後は数日間の安静が必要です。また、生理食塩水を脊髄硬膜外腔に単回または複数回注入したり、硬膜外チューブで持続注入することもあります。
この疾患は一般的に予後良好ですが、慢性期の場合は改善に数カ月以上かかることもあります。脳脊髄液減少症が疑われたら早めの受診をお勧めします。当院は京都府内で脳脊髄液減少症の診療が可能な7つの医療機関のうちの1つです。